妻の闘病記(2001)
@入院 A転院 B告知 C検査 D治療-1 E治療-2(退院) F治療-3(外来)
2月22日:婦人科で子宮・卵巣の検査を受ける。異常なし。
2月23日:注腸検査、甲状腺・腹部のエコーを受ける。疲れたと言っている。ガリウムシンチの注射を受ける。
すごい場所にあったと驚いていた。
2月24日:外泊許可がでた。妻がいると家の中が明るい。「どこが病気なのかしら?」と妻は不思議そうに話している。
夜、隣に妻がいるだけで嬉しくなる。但し、妻は「お父さんのいびき、うるさかった」といつもの様に苦情を言った。
2月25日:門限時間ぎりぎりに病院に連れて行く。
私と同じ様に時間ぎりぎりで戻り、面会時間ぎりぎりまで大勢の人がいる。
家族・夫婦・親子・恋人・・・この病院にいるみんなが病気と闘っているんだと実感する
2月26日:ガリウムシンチの検査。地下の奥の奥にあり、すごい狭い筒の中に入れられたとぼやいていた。
2月28日:胃カメラ。妻の友達がお花と本をもってお見舞い。妻は喜んでいる。
3月 1日:腹部CT検査。
3月 2日:婦人科の受診を受け、ガンの異常はなかった。
19時、会社から病院に行き、妻と検査結果を主治医から補佐の医師・看護婦同席で聞く。
レントゲン・CT・ガリウムシンチの結果を並べ「悪性リンパ腫という血液のガンである」旨を告知される。
血液にある白血球が異常をおこすと白血病、リンパ球が異常を起こすのが悪性リンパ腫、
リンパ腫の異常を起こす細胞や進行によってタイプ(ホジキン・非ホジキン、濾胞性・びまん性)がある事
治療するにはタイプの確定が必要で腫瘍の一部をとり細胞検査が必要である事
妻の場合は腹部に大きな腫瘍があり、開腹手術をして一部細胞を取り検査する事などを説明受ける。
今日は外泊許可が出たので、妻をクルマにのせて帰る。
妻は「お父さんはいつから私の病気の事を知っていたの?」と聞く。
素直に前の病院で先生から言われたと伝えた。「ふ〜ん」と軽く流してくれた。
妻もうすうすはガンの可能性を感じていたようである。
夜、妻の叔父さん(お婆ちゃんのお兄さん、貧乏だった子供時代にお世話になった)に電話する。
妻の病気を告げ、お婆ちゃんに伝えた方がいいかどうかを聞く。
叔父さんは「言わなくてもいい。黙っていなさい。」そして「しっかりするんだよ。頼むね。」と言った。
それからはずっとお婆ちゃんには内緒にしている。お婆ちゃんも何も聞かないでいる。
お婆ちゃんには知らせない様、本当に心の許せる人にしか病気の事は言わないでいよう、と妻と約束。
3月 3日:妻は仲の良い本当に心に許せる友達数人に病名を電話で伝えている。
相手が電話口で絶句・泣いているのがわかる。妻は比較的冷静である。
夜、おばあちゃんが寝た事を確認し、子供たちを座らせ4人で手をつなぎ輪になり、妻の病名を伝える。
悪性リンパ腫という血液のガンになった。
これから治る為の治療をする。
きっとお母さんは治ると信じている。
でもガンはガンなので覚悟はしてほしい。
妻は「ぜったい、治るから心配しないでね」と明るく振舞っていた。
長男から「お父さんの態度・痩せ方から普通の病気でないと思ってていたから逆に安心したよ」と言われた。
でも私の異常な痩せ方から「本当のことは言っていないのでは?」となかなか信じなかったそうである。
3月 4日:甘えん坊の次男は、昼寝している妻の布団に入り、何も言わずに抱かれていた。
妻は次男の頭をなでながら「帰ってくるからね」と話していた。
夜、病院に戻る。これから検査の為の手術と治療が始まる。負けないぞ!!